月夜見 
残夏のころ」その後 編

    “GWを前にして”


日本の春といやの桜の季節も、その最初の部は何とか落ち着いて。
本州でいやあ 半分から西にかけては、
新緑したたる若葉の季節へと入りつつあり。

 「東北や北海道の桜はこれからだそうだけど。」
 「おおvv」

  もーりんさんが、
  弘前城の桜はベスト3から絶対外せないって言ってたぞ。

  そりゃあ良いな、遠出しての桜観光ってか。

確かに観に行きてぇもんだねぇと、
まだまだ若い身だろうに“粋なの最高”とばかりの渋い言いようをなさるのは、
ルフィの実の兄上で、搬入部の若頭でもある、エースさんで。

 「と言っても、俺らにゃ無理な相談だけどもな。」
 「あ?」
 「GWに休めると思うか?」

まあ、お前はバイト待遇だから、そこらは好きに出来るんだろうけどなと、
年の離れた弟御の、まとまりの悪い髪をくちゃりと掴んで掻き乱し、

 「あー、何すんだよっ。」

これでも苦労して寝癖 直したのにぃと、
あっさりこんとばかり お子様扱いされたこと、
唇とがらせ怒って見せてるかわいい子。

 “あれじゃあ、当分は子供扱いもしょうがないって。”

ぶうぶうとむくれるお顔もどこか無邪気な高校生。
兄の運転する軽トラに便乗し、楽チンで到着したバイト先、
直売スーパー“レッドクリフ”の駐車場へぴょいっと飛び降りた、
青果部菜物のアイドルさんの登場へ、
先に詰めてたおじさんたちから苦笑が洩れる。
学校帰りだったの、通り道だからと拾ってもらったそのまんま
やって来たのが見え見えの制服姿だし、

 『いや、どっかで着替えるだろう今時の子は。』

例えば、今回ならばトラックの中とか。
制服なんてダサいカッコ、いつまでもしてらんね…とならんか?と。
若かりし頃は自分たちがそうだったものか、
洒落っ気なさ過ぎのアイドル坊やの幼さを、
まま そこがかわいいんだがなと思いつつ、
ついつい苦笑を洩らしつつも優しく見守ってやっておいで。
で、当のご本人はというと、

 「…あれ? あすこの工事中、シート外したんだ。」
 「おお、そうみてぇだな。」

この店もどちらかといや郊外型の店舗で、
だからこそ、機動力を生かし、
近郊農家を一軒一軒回るという作戦で、
朝どりレベルの新鮮な青果を毎日集められてもいるのだけれど。
そうまで長閑なご近所には、
目立った店舗や施設なぞ そうそう見当たらなかったものが、
大きめの幹線道路の少し先、
年末辺りから何やら建ててる気配が そういやあった。
そこが、いよいよのお目見えか、
工事中の粉塵防止用シートを外しの、
鉄パイプ製の足場も取り外しのと、
すっかりとそのお姿をあらわにしておいでだったのへ。
おでこへ小手をかざすよにして、
ほらほらと、兄へも“見なよ”と促したルフィであり。

 「結構大きいな。」
 「そうだな。」

すぐのお隣とまで近くはないが、
それで“あの大きさ”と見えるほどだから、
ちょっとした大型ホームセンター規模というところか。
駐車場も完備しており、
マンションとか公民館というより、店舗らしい趣きであり。

 「食品関係の店なら、ウチの店長もチェック入れてるはずだが。」
 「ナンも言ってないってことは、そうじゃねぇってこと?」

ちょいと軽佻浮薄っぽく見せちゃあいるが、
そして、その割にゃあ
要領が良さそうには見えないダメダメなおじさんだが。

 『こらこら、誰のことだ
 『あんたのことっすよ、店長。』

曲がりなりにも結構な規模の総合ストアを張り、
しかも好成績で経営続けているお人なのだ。
いくら何でも“行き当たりばったり”でそうそう成功するほど
昨今のこういう小売市場は甘くないので、
これでも それなりの研究やらリサーチやらは欠かしてはないそうで。

 『ああ、あれは雑貨や家具の大型店舗らしいぞ。』

特に規制緩和ってことでもなかったし、あべのみくすも最近の話だから、
最近の円高とか見越して出来たってクチじゃあないんだろうけどと。
それなりの研究とやらを覗かせるよなお言いようをちょろりとこぼしつつ、

 『今時は流行ってるんじゃね?
  ああいう、お持ち帰り専門 格安輸入家具の店。』

 『ああ、そういう店なのか。』

  俺はてっきり、中古車センターかと思ってたんだがな。
  俺はゴルフの打ちっ放し練習場かと。
  何の俺なんか、バッティングセンターだと思ってた。
  なんと俺は、会員制乗馬クラブじゃないかと。
  おいおい、誰だ最後のは、なんていうほど

従業員の皆さん方も、
目に入るからという関心こそあれ、
さして注目はしていなかったらしいのだが、

 「でもまあ、ああいう店には
  車で乗り付けるファミリー客とかが、
  休みの日に娯楽施設扱いで来るからな。」

弟さんだけじゃない、
そっちがメインの、少し遅い目の収穫分も詰んでいたのを、
作業着 腕まくりで軽トラの荷台から降ろしつつ。
世情というのを御存知か、エースがそうと付け足して。

 「???」

こっちは“だからどうなんだ?”と小首を傾げるルフィ坊だったのへは、

 「ウチも結構な恩恵を受けるかも知れんてことさね。」

割り込んで来た、低くて渋い響きのいいお声が、
あっさりと答えを出してくれる。
商品を運ぶための台車を店から押して来てくれたらしい副店長さんが、
そうと紐解いてくださったその上、

 「何せ、向こうさんのオープンは27日。
  GWと同時らしいからな。」

昼下がりという時間帯は暇なのだろか。
相方を追ってのご登場、赤毛の店長さんまでが、
甥っ子たちをお出迎えにと出て来ておいでで。
しかもしかも、

 「…何かいい匂いvv」
 「さすがだねぇ、食いしん坊♪」

髪も撫でつけぬまま、無精髭もそろえぬままという、
ちょっぴり砕けた風貌の彼に、不思議とお似合いの。
カッターシャツと作業ズボンに帆布エプロンという取り合わせの
何ともざっかけない姿のその向背。
いかにも意味深に、後ろ手にしていた両手を“ほれ”と前へ出せば。
そこには、

 「わっ♪ 美味そーvv」

一応の気遣いか、可愛らしいプリント柄の油紙に包まれた、
揚げたてなのだろ、香ばしそうなドーナツが両の手に1つずつ。
どーだとばかりに摘ままれており。

 「お、試作品出来たんだ。」
 「まぁな。
  ファミリー層狙うんなら、お焼きよりこっちかなと…って、
  速攻でもう喰っとるなお前。」

二人に1つずつという判断はなかったんか。
いや、ウチって“弱肉強食”より早い者勝ちだから、と。
互いにそうと言いつつも、
本心ではきっちりこの坊やへ全部を譲っていただろう、
甘い甘い叔父さんと実兄が、一応の建前を語り合ってる傍らで、

 「試しゃく品? ひゃみりぃほぉうって、何の話だ?」
 「おお、一応は聞いてたらしいな。」

感心感心と、どこまで甘やかす気か、
事情が通じておいでの大人たちが、迎えに来たその肩越しに見やったは、
従業員用搬入口の手前に設けられた とあるブースだ。
いかにも屋台風のショーケースつき調理台で、

 「あれって、祭日とかに店頭に出してる出店じゃん。」
 「そ。
  冬場に肉まんとかタコ焼き、正月には雑煮や七草粥とか。
  夏場ならフラッペ、
  花火大会なんかを当て込んでの 蓋つきカップドリンクとか。」

これと決まってはない品目で、
買い物に張り切っちゃった疲れを癒してねという
言わば 簡易のイートインみたいなコーナーを
不定期に設けてもいる当店なのだが、

 「GWにオープンという向こうさんへのお客さん、
  行楽も兼ねてのお出掛けなのなら、
  ついでにってこっちにも流れて来る可能性は大だからな。」

 「お疲れでしょう、休んで行きなんせという、
  食い物で釣ってやろう大作戦を構えてる店長このやろーなんだよ。」

良いアイデアだろうと拳を握った赤毛の店長の傍らで、
やや棒読みで、タイトルと発案者を連ねて下さった副店長だったが、

 「何か最後に余計な心情がくっついてなかったか、ベン。」
 「気のせいだ、店長。」

  揚げ物油の甘い匂いに酔ったんじゃねっすか?
  そそそ、そうかな。いやだが、何か引っ掛かるんだが。

相変わらずに息の合ったコンビなのはともかくとして、

 「おばちゃんたちのお焼きも捨てがたいと思うけどな、俺。」

結構大きかった揚げたてドーナツ、
素朴なシュガー仕立てと、上半分チョココーティング仕立ての双方を、
きっちり堪能しておいてからに。
でもなあと、当店の代表お持ち帰りグルメ、
高菜入り、ニラ入りお焼きも出せば?とご提案下さった
バックヤードでタイムカード押してないから、今はまだ消費者代表、
モンキー・D・ルフィくん、高校三年生が(そこ、えーとか言わない)笑
そんなところを提案してみたのだけれど。

 「気持ちは判るが、ルフィ。」

追加野菜の搬入はエースとベンに任せたか。
てくてくと歩き出してた小さい方の甥と歩調を合わせつつ、
その見解へ、それは叔父さんも考えなくはなかったのだよと、
ちらりと真摯なお顔になった店長さんだったものの。

 「さすがにGWはなぁ。
  パートのおばさんたちも休みを取っちまうんだ、これが。」

 「あ・そっか。」

人気のお焼きは、腕に自信のパートのおばさまがたの手作り品であり、
調理担当のおばさまたちが不在では、

 「さすがに“無い袖は振れねぇ”わな?」

 「その喩え、ちょっとおかしくないっすか?」
 「まったくだ。」

  頭がいいんだか悪いんだか。
  才覚はあるんだが常識では残念なんだよな、ウチの店長はと

大きい方の甥と副店長から、
さらりと言いたい放題されてしまっている店長さんの心情よりも、

 「あ…。」

出店用のブース前に立ち、
業務用のフライヤーの中から、
なかなかの手際でドーナツを引き上げておいでの人物へ、
ルフィ坊ちゃんの視線と意識はもはや飛んでおり。

 「え?え?え? 何でゾロが揚げてんだ?」
 「意外っすか?///////」

さすがに にこぉっという見るからの愛想までは振れないらしかったが、
今まではやや不満げな見るからの無愛想だったのに比べれば。
視線が落ち着かなく泳ぎの、口元が言い訳したそうに動きのと、
明らかに動揺と照れ臭さとが、止めどなく滲み出してのだだ漏れ状態で。

 “…かわいい奴vv”

ドーナツも魅力だがそれ以上に、
即席お料理教室っぽい、調理用エプロン姿の後輩くんのいで立ちへ、
わあわあvv どうして何でと舞い上がってるルフィは勿論かわいいが。

  それ以上に

実は説き伏せるのに苦労した剣豪青年の、この含羞みようが、
可愛いったらないねぇという方向でも、
ふっふ〜んと余裕の表情になっていた店長さん。

 「パートのおばちゃんたちがいないんじゃ、お焼きは売れねぇ。
  だがだが、あの新店目当てのお子様連れもたんと来るだろGWだ。
  そんなところに、甘いものの出店があったら…寄ってみようかとなるだろう?」

 「うん。」

 「ましてや、この辺りってのは、
  まだまだそんなに、
  オープンなカフェだのファミレスだのもないしな。」

 「それでドーナツなのか?」

  銀嶺庵の和菓子でも良かったんじゃね?
  こらこら、そんなおっかないこと言うんじゃない、と

妙なところで鋭いところを突いて来る坊っちゃんに
思わぬ冷や汗が出たのも一瞬のこと。(笑)

 「朝一番の搬入が済んだら手が空くそうなんでな、
  経験もあると聞いたんで、
  じゃあ揚げるのはとロロノアくんに頼んだはいいんだが。」

 「え? 経験もって?」

日頃の凛々しい男臭さからの落差を思えば感慨も深まろう。
商売ものを作るということ、
ぽっと出の存在にそうそう任せられるものじゃあない。
だがだが、そこはちゃぁんと勝算があった店長さん、

 「ルフィも知ってる“銀嶺庵”で、時々助っ人やっとるんだと。」
 「う……。///////」

以前にもちらほらと、
洋品店とか雑貨店とか、
ご町内の困ったに駆り出されること多かりしな剣豪さんなのは、
そも、剣術での師匠であるレイリー老に
頭が上がらないというところに起因しているそうで。

 「あすこの揚げまんじゅうとか、辻占せんべとか。」
 「あ、そうだ。揚げ菓子もあった。」
 「〜〜〜〜。////////」

  そうか、そういうバイトもやっとったんか、ゾロ。
  うう…。//////
  レイリーのおっちゃん、人使い荒いもんな。

俺も小学生のころの夏休みとか、
小遣いやるからって言われて、盆のお菓子の配達に行かされたもんなと。
やや相哀れむよな言いようを、しみじみと口にした小っさい先輩だったが、

 「よっし。じゃあ俺もGWは売り子やんぞ!」
 「……………え?」

おやおや、あれあれ、まだ何も言うとらんぞ俺はと、
居合わせた大人たち三人の
三者三様のお声がついつい発した、バックヤード前だったそうで。


  さて問題です。
  店長さんの才覚とやら、
  誰の何を上手に言い含めの操りのしたのでしょうか。






NEXT


  *もちょっと続きます。(ふっふっふ…)


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